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インター対抗の水泳競技会があった

今年4回目のインター対抗水泳大会がありました。

大会サイトは、うちの子が通う学校でした。

子どもが参加したのは、自由形、背泳ぎ、平泳ぎ、リレーの4種目で、いずれも25mです。自由形は2位だったけれど、背泳ぎと平泳ぎは下から2番目でした。泳いでいるのを見ていると、自由形はそれなりに様になってきて力感が出てきましたが、背泳ぎと平泳ぎはまだまだ練習が必要だなと。

このような大会は今年に入って4回目で、子どもにとっては運動会みたいな感じで、自分の番を待つ間は、友人らとワイワイガヤガヤとお菓子を食べたり、ボールで遊んだり、相撲をしたり、なかなか楽しそうです。むしろそっちメインなんじゃないかというくらい、エネルギーを消費しているのです。レース時にすでに疲れているんじゃないかと思います。

今回も5-6校の生徒が集まりました。親たちも見学に来ており、リレーなどは、相当盛り上がりました。個人のレースは必ずしも学校対抗とはならずに、同じ学校の生徒たち同氏で競うことがありますが、リレーは学校対抗なので応援にも熱が入ります。

朝6時に集合、全レースが終わったのは12時過ぎでした。半日イベントで朝が早いので、親子ともに結構疲れます。そのままランチを食べにいき(ハンバーガー)、帰宅後少し昼寝をしました。

次の大会は、インター対抗ではなく、国対抗になります。国際大会と言っても過言じゃありません。どの国が参加するのかは全貌がまだ明らかではありませんが、周辺国のインター校が国選抜を作って参加するものと想像します。各国が国選抜を形成するものと思われ、うちの子が選抜に入れるのかはわかりませんが、一生懸命練習をやっていれば、やる気を認めてくれる土壌がうちの学校にはある気がするので、引き続きしっかり練習に参加していたら、選抜チームに入れてもらえるのではないかと思っています。

この国対抗水泳大会では、ホスト国の家庭が、他国からやってくる子どもたちをホームステイさせるとのことで、その取り組みは良いなと思います。いい交流の機会になりますね。うちも、可能性があれば受け入れたいと思いますが、今回は当番校ではなさそうなので、その機会は次回以降になりそうです。
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いよいよワールドカップサッカー2022年

カタールの首都がドーハだというのを最近知りました。
うちの子の学校にDohaという名前の子がいるのです。もしかすると、ドーハ生まれなのかもしれません。

2000年以降のワールドカップイヤーを振り返ってみると、ほとんど海外にいました。
2002年 日本(仕事していた) 日韓大会
2006年 ホンジュラス(海外協力隊員していた) ドイツ大会
2010年 エルサルバドル(仕事していた) 南アフリカ大会
2014年 ニカラグア(仕事していた) ブラジル大会
2018年 タイ(仕事していた) ロシア大会

印象に残っているのが、2010年の南アフリカ大会です。シャキーラのテーマソングが印象的だったのに加えて、日本チームの躍進です。パラグアイにベスト16で負けてしまいましたが、感動しました。試合が行われている時間帯は、ちょうど仕事をしており、エルサルバドルの保健省を訪問していました。保健大臣(80歳過ぎたおばあちゃん)と一緒に試合を観戦しました。なかなか茶目っ気のある大臣でした。

2009年9月にオランダに住んでおり、ちょうど日本代表が強化試合のためにオランダに来ていて、その時にユトレヒトで日本対ガーナの試合を見ました。その時に活躍した選手たちが2010年に南アで活躍したのです。本田選手、長谷部選手や長友選手です。
今でもよく覚えているのが長友選手で、ガーナとの試合で、ピッチを縦横無尽に駆けていたのが強く印象に残っています。ディフェンダーなのに、フォワードよりも前線に顔を出していて、あれはいったい誰なんだと。後から調べて長友と知りました。あれからすごい選手になりましたが、当時はまだ23歳くらいで大学出たばかりだったと思います。

前回のロシア大会も強く印象に残っています。西野ジャパンもかなり盛り上がりました。特にベスト8を掛けたベルギー戦はわくわくしました。サッカーの試合で一番わくわくした試合かもしれません。

今大会は、死のグループに入ってしまったので、戦前の期待値は今一つで、さらにはあまり目立つような選手(中田選手や本田選手のような)がいないため、盛り上がりに欠けているかもしれないけれども、個人的には予選グループを突破できるのではないかと思っています。2勝1敗と予想します(ドイツ〇、コスタリカ〇、スペイン×)。

子どもと、どこが優勝するか賭けをしています。それぞれ優勝チームを3か国予想しています。

子ども➡ ブラジル、ベルギー、フランス
私➡ オランダ、アルゼンチン、イギリス

どこがチャンピオンになるのか楽しみです(いろいろ調べてみると、サッカー解説者のほとんどはブラジルを挙げている人が多いです)。メッシにとって最後の試合なので、アルゼンチンに頑張ってほしいですね。
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2週間前に旅行に行っていました

旅行から戻ってきました。9月にタイに行って以来の旅行です。今回は国内旅行で、レンタカー(運転手付き)を借りて、ここから300キロほどの観光地を3泊してきました。

プライベートで行くのは4回目(2002年、2019年、2020年、2022年)、仕事でも4回目だったと思います。

初日:朝7時に自宅を、途中で休憩を入れつつ、15時に現地に到着。8時間もかかったのは、途中で昼ご飯のために休憩した場所で想定外の時間がかかったからです。湖上レストランみたいなところに入り、大した時間がかかるものを注文したわけではないのですが、料理が出てくるのに30分ほど待たされてしまいました。湖面に面したなかなか風情のあるレストランで、猫たちがのんびりしていて、気持ちのよい場所でした。

ホテルは街のほぼ中心に位置しており、なぜここを選んだかというと比較的安かったからです。円安のため、3年前なら日本円で一泊7000円のホテルが今では1万円もするのは驚異ですね。脅威でもあります。3泊で計204ドルだったので、日本円では2万8千円ほどになります。客が少なかったせいか、部屋をアップグレードしてくれて広い部屋になったのは良かったです。ただ、賑やかな通りに面した部屋だったので、夜中(ほとんど朝方)まで騒がしくて、結果的にはあまり良い部屋ではなかったなと思います。

ホテルにチェックインして少し休むと、6時くらいから街を散策しました。ちょうど祭りの時期であり、川沿いでは屋台が並んでおり、ローカルの人たちでたいそう賑わっていました。

屋台では、ウィンナーを2本と焼き鳥を1本買いました。夜は、ローカルのレストランにしました。食べたのは鶏のレモングラス炒め、海苔がふんだんに入った塩味のスープ、空心菜炒めの3点です。ローカルでも比較的中流以上に人気のあるレストランのようで、客層を見ているとしっかりした身なりの人がほとんどでした。

2日目:朝7時に起床し、ホテルのレストランで朝ご飯を食べて、8時半頃にホテルを出発し、レンタルサイクル店に向かいます。自転車を借りました。1日レンタル代は5ドル(日本円700円)となかなかお手頃です。

ジャイアントのカッコいいマウンテンバイクを借りていよいよ出発です。

子どもが借りたバイクは21インチでちょっと大きいのが心配でしたが、すぐに慣れたようでスイスイ走っていました。まずは、市街からサイクリングロードに向けて出発し、サイクリングロードから遺跡群を目指します。遺跡群は市街地から少し離れており、中心的な遺跡場所までは約6.5キロあります。

最初は、久しぶりのサイクリングということでこまめに休憩しながら行きました。サイクリングロードは一応舗装されているのですが、車道に比べるとかかなりデコボコしています。なので、他のサイクリストは車道を走っている人が多かったです。我々は安全第一主義なので、サイクリングロードを使いました。

遺跡に入る手前から、舗装路が終って、ダート(土と砂)になりました。ダートは滑るので、子どもはかなり手こずり、うまくいかなくて一回コケて泣いていました。悔しくて泣くのは良いと思いますよ。

途中でランチ休憩。池に面した場所の木陰にはいって、市街のパン屋で買ったサンドウィッチを食べました。フランス人がやっているお店なので、美味しかったですよ。

目的地へ到着。サイクリングの疲れ(片道約14キロ)と暑さのため、遺跡をしっかりと見て回る体力は残されていませんでした。

残念だったのは、楽しみにしていたある遺跡を訪問して、上のほうまで登りたかったのですが、禁止されており、登ることができませんでした。ここは、2019年には登ることができましたが、2020年の時はすでに禁止されていました。今回は、解禁されていることを期待していたのですが、ダメでした。

この国に限らずですが、メキシコでもホンジュラスなどの遺跡でも、以前は上まで行けたけれど、事故や老朽化等で進入禁止になってしまったところがあると、そういうのを見ると少し悲しくなります。一回、禁止になると永久に解禁になることがない可能性があるので。


帰りもまた14キロペダルを漕ぐ必要があるため、遺跡巡りはほどほどにして、近くの売店でしっかり休憩を取り、市街地に向けて出発します。

復路は、緩やかな下りになっているため、往路よりも若干走りやすい印象を受けました。16時頃にホテルに到着し、そのままジェラート屋に向かいました。行きつけというわけではないけども、この街に来ると必ず行くジェラート屋さんがあります。

誰か日本から来た出張者が、フランス旧植民国はだいたいどこも食事のレベルが高くていいということを言っていましたが、本当にそう思います。

夜は、イタリアンレストランに行き、サラダ、ズッキーニを煮たもの、中にトマトソースと肉が入ったニョッキみたいなやつ、ピザ1枚を注文しました。運動後の一杯ということで珍しくビアを飲みました。明日のため、今日も早めに就寝です。

3日目:今日もサイクリングです。昨日よりも若干遠くの遺跡を目指します。昨日と同じ道をひたすら走り続け、途中から昨日とは別の道に入ります。途中で小さな遺跡を発見しました。サイクリングロードのすぐ脇にあり、自転車を使わないと来られないような場所にある小さな門です。なかなか風情がありましたよ。門をくぐり抜けると、ちょうどその前に大きな木が一本立っていました。何かを象徴しているようなそんな木です。おそらくなん百年前も前からここに根を張っているのだと思います。

そんな小さな遺跡のところで、子どもが2回ほど派手にコケて泣きました。今回は悔しいというよりは痛くて泣いたようです。涙は人を強くするものです。

目的地までは片道15キロ。昨日の疲れがあったのであまり無理できないなと思っていたのですが、昨日よりも長距離になってしまいました。案の定、目的地に着いた時点で、3人とも疲弊しており、遺跡巡りはおざなりとなりました。

遺跡に入る前に、簡素なカフェテリアで飲み物を注文し、昨日と同じように持ってきたサンドウィッチを食べました。具がしっかり入っており、食べ応えのあるサンドウィッチです。日本のコンビニなどのサンドウィッチはどちらかというと軽い感じがしますが、フランス系のサンドウィッチはしっかりと重量があり、しかもフランスパンなので歯ごたえがあり、容易に満腹感を得られます。

遺跡を巡った後、レストランに入り、飲み物を飲みつつ、1時間ほど休みました。

復路は若干下りになっているため、往路よりもかなり楽で、休憩を最小限にしたため戻りは早かったです。遺跡から市街地までちょうど15キロですが、1時間40分くらい(キロ6分程度)でホテルに戻ってきました。今日の走行距離はなんと30キロ。昨日は26キロだったので、2日で56キロを走ったことになります。妻も子どももかなり疲れたと思います。

2日間借りた自転車を返し、市内にある日本人がやっているかき氷屋さんに行きました。夫婦でやっている店で、はじめて7年目だそうです。観光客の数について聞いてみたところ、コロナ前のピーク時に比べて15%程度とのことでした。雰囲気的にそれなりに客は戻ってきているような印象でしたが、実際にはまだまだのようです。後で調べてみると、2022年の海外観光客数は2018年時の20%程度でした。

今年の10月から、この国に2年以上滞在している人は、スペシャルパスを入手することができて、遺跡巡りが無料になります。本来は、3日間で60ドルする(12歳以下は無料)ので、それが無料になるのはありがたいです。また近いうちに行きたいと思います。

20年前に初めてこの遺跡に来た時には、今のような街は存在しておらず、土の道路と土埃しかなかったと記憶しています。

それに比べると本当に大きな街になったと思わずにいられません。
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